「Life to Come」全曲解説

posted by on 2012.04.29, under バリ島関連, 楽曲配信

GWですね〜。お知り合いではバリに行かれる方々もいらっしゃるようで誠に羨ましい。
アルバムは予想外に売れてまして、本当にありがとうございます。知り合い関係だけじゃなくて、全然知らない方々が買って下さったりとか、今までにない傾向なのが嬉しいです。

以前も書いたように、今回のアルバムは「妄想」とも言えるバリへの憧憬、イメージで作っていったので、それぞれ、僕の頭の中には完全な絵があるのですが、それを説明するとなんだか違うような気もするのです。
けれども、どういう思いなのか、そのベクトルを掴んでもらうと、例えばバリに行ったことがない人もなんとなくその断片が分かってもらえるじゃないかという気もするので、ちょっと書いてみたいと思います。(下記、曲のサンプルは1分のみ、ダウンロードはできません)

(タイトル)
直訳すると「来るべき生」みたいな意味で、簡単にいうと「来世」。というと何となく抹香臭いですが、僕にとっては「Alternative World」的な意味です。ここにないけど、どこかにある世界。そんなことを考えていたのも、入院したことが大きかったのかもしれないですね。

1. Ylang Ylang

昨年の割と早い時期に作った曲。「イランイラン」と読みます。花の名前です。
「匂い」の表現。バリと匂いというのはとても密接な関係があって、そこからいくらでもイメージが出てくる気がします。かつてバリの市場でこの花の精油を買ったとき、その匂いの情報量の多さに圧倒されました。エロティックな感覚とその闇、というか。嫌な匂いではないんだけど、人間のどろっとしたところを感じるというか。うまく言えないです。

2. Duckling Hours


ずばり「あひるソング」。バリではたまに道ばたでアヒルを連れているおじさんに出くわしますが、要は合鴨農法的に飼われているわけです(ですよね?)。
仕事してるんだかしてないんだか分からないアヒルのいる田んぼを眺めていると、本当に世界はかくあるべき、みたいな気持ちになる。そういう風景と自分の気持ちとの遠近感を表してみたかったのです。

3. Monkey’s Palace

この曲を使っているサンプリング音源制作者(ロンドン)に送ったら、「3拍子のガムランがめずらしい」といわれました^^ 
猿の惑星じゃないけど、猿が牛耳っている王国。気取った猿たち。最初は「うぬぼれた猿」っていうタイトルでした。決して友好的じゃないんですよね。話しかけたら貴金属を盗まれたりして^^ なぜか外国人の反応がいい曲。不思議ですね。

4. Banyan

バリを移動していると、たまに道が開けてそこに大きな木が立っていることがあります。それがたいてい、バンヤンツリーなんですが、そこに集う村人。明るい昼間なんだけど、雨の予感を孕む、みたいな。村のおじいさんに話しかけると「明日は降る」とか言いそうな。唯一、リンディック(竹ガムラン)を使った曲。元サンプルにチューニングを合わせてあるんですが、全く合わなくてクオーターでようやく合ったという。

5. Missing Puppeteer

1930年代にバリで数々の芸術をプロデュースしてきたヴァルター・シュピース氏。今回のアルバムは割と彼の作品だったり言動だったりに影響を受けているところがあります。氏について書くと長くなるので端折りますが、彼がつくった絵画作品「チャロナラン」から着想を得た曲。暗闇の表現。バリは闇の中に何かがあるんです。これについては僕は京都と同じ感じがするんですね。不思議なんですが。

6. Spies in the Garden

具体的に名前を出しました。Spiesがヴァルター・シュピース氏です。彼はバリでどんな毎日を送っていたのだろう、という想像を音にした曲です。彼はウブド、チャンプアンに住んでいたことは有名ですが、その後、イセーという村に引っ越しています。とても風光明媚なところですが、恐らくウブドよりはもっと光に包まれていたんじゃないかと。彼が仕事を終えて午後に庭で遊ぶ、そんな風景をイメージして作りました。

7. Rain & Sleep

雨期ですね。雨期に行くことが多いということもありますが、バリと雨というのは実はとてもリリカルなんです。なんだろう、外に出られないせいか、部屋でいろいろ考え事をするからでしょうね。グルーミーなんだけど暑い。僕はその感覚がとても好きです。ガムランの中でカジャールというテンポキープをする楽器の音がとても好きで、それがとても雨な感じがします。

8. Ise
h

これが先ほど書いたシュピース氏が最後に移り住んだ村の名前。バリの北東部にあるんですが、僕はまだ行ったことないんです。ずばり彼の作品「朝日の中のイセ」に触発されて作ったもの。なので絵画から感じることしか表現できていないとも言えます。でもなんとなく想像できる。朝日といえどもどこか暗い。僕はその暗部に魅力を感じるのです。この曲は打ち込みがほぼなくてインプロビゼーションで演奏してますね。

9. Boat for Buleleng

これも地名。ブレレンというのはバリ北部にある港の名前。実はここも行ったことないんです^^ 要は飛行機がなかったころのかつての港町。オランダ統治時代の雰囲気が残っているそうです。昔はジャワから船でまずブレレン港に着いたんでしょうね。
恐らくここでも出会いと別れがあったと思うんです。恐らくシュピース氏も意気揚々と来て、そしてしょんぼり去っていったんじゃないかな。でも出会う瞬間っていいですよね。そういうことをイメージして作りました。7/8拍子です。おそらくガムランにはないビートだと思います。

10. Come to the World


一番最初にできた曲。最初はギターとかピアノとか入ってたんですけど、ガムランにアレンジし直しています。いつも曲を聴いて下さっているぷーこさんのビデオ(バリでのウパチャラという生後3ヶ月の儀式)を見ながら作ったものです。あまりガムランっぽくはないのですが、この世に生を受ける、というテーマは昨年の僕にとってとても重要だなと思って採用しました。我ながら優しくていい曲だと思っています。

ということで、CD、データ両方で発売中です。暑くなる折、ビールでも飲みながらぜひのへ〜っと聴いていただければ。そして今日本人があまり行かなくなっているらしい、バリに少しでも興味を持っていただければ。

Life to Come
Life to Come Kyoichiro Kawamoto

Kyoichiro Kawamoto 2012-04-04
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Life to Come - Kyoichiro Kawamoto


2ndアルバム発売開始です!

posted by on 2012.04.04, under 楽曲配信

Life to Come

デジタルでは始まっていたんだけど、CDとかにならないとなかなかリリースって感じが伝わらないですね。
データ販売は著名人にはいいんだろうけど、僕みたいなクラスの人にはなかなか難しい世界です。リリースが簡単なのはいいんですけど。

基本的に僕一人でやってるんですけど、アートワークでは協力してくださった方がお二人。
写真提供では小原孝博さん。そしてデザインは伊藤正君です。結果的にとてもいいコラボレーションになりましたね。

デジタル配信ですでに購入して下さった方が何人かいるのですが(ありがとうございます!)、その一人のubudさんという方のレビューが非常に僕が言いたかったことを代弁していただいてます。以下、引用させていただきます。

「前作とは違って、ほぼガムランのサンプリング音源だけを使ってバリに向き合った今作は、一歩間違えばニューエイジっぽくなりかねないところを巧く回避している。ガムランは本来演劇の伴奏が本分なのだが、これはバリの濃密な空気、漂う何かの気配に対しての伴奏に思える。アンビエントという表現が相応しいガムラン。」

ガムランをよくご存じの方のようなので誠に恐縮してしまうのだけど、「気配に対しての伴奏」という表現は「ああそれそれ」という感じです。
僕はバリと向き合うとき、そこにあるモノゴト、というよりもそこにあるアトモスフィアに非常に惹かれます。

これは分かる人にしか分からない感覚だと思っています。空気、肌触り、匂い、奥行き、静けさ・・・そういったものが僕が本当に表現したいことなのです。なので逆に言うとそれを体感していない人には分からないかもしれない。
そんなパースペクティブを僕なりに、バリにはなかなか行けないので、自分の頭でとにかくじっくり考え、イメージしていきました。脳内で完全にトリップできるくらいに。(旅費いらずだ^^)

結局技術的には、サンプリングで鍵盤で出しているわけだから、自由にやる分にはそれほど複雑なものではないのです。むしろ音色とか、そのアタック感とか、残響とか、そっちが重要で、それがあの文化や気候に密接に結びついている。
メロディだとかコードだとかそういうのはすごく概念としては薄いんですよね。そういう風に思考してもあまり意味がない。
でもやはり完全に僕らが影響受けたものを取り外すことはできないので、どこかしらその「過去のコンテキスト」というのは残っているでしょう。というか、そうじゃないと制作が前に進まないから。

制作方法も同様で、ほぼ打ち込みで作られているけど、それはあえてそうした訳でもなく、絵描きがキャンバスに向かうように、僕が自然に表現できることだから。そういう意味で実演奏と打ち込みに価値観の違いってないんです。どっちもいいというだけで。打ち込みでも有機的な世界は十分作れる。その辺はレイハラカミさんが完全に証明したと思ってるんですけどね。

というわけで、バリを知っているか知らないか、でたぶん大きな差が出るアルバムだと思います。
逆に知っていても感じられていなければ分からない、かも。というと何だか上目線ですが、僕はそこがバリの持つ最大の魅力だと思うんです。リゾートじゃなくて、自分にとって新たな世界が生まれるところ。そこを知って欲しいから。

そういう意味でニッチな作品とも言えますが、よろしければ聴いてくださいねっ!
そして下のアマゾンのサイトにでもレビュー入れていただけるとうれしいです。

B007LEBUT8 Life to Come
Kyoichiro Kawamoto
Kyoichiro Kawamoto 2012-04-04

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僕が生まれた町

posted by on 2012.03.04, under 未分類

久々に生まれ故郷に帰りました。
僕の生まれ育ちは滋賀県大津市の長等というところ。三井寺というお寺の近くです。
22歳くらいまで住んでたのかな、そのあとは京都に出てきてるのでもう京都に住んだ時間の方が長くなりました。
面影があるところもあり、変わったところもありますが、どういうところか紹介してみたいと思います。


最寄りの駅。京阪鉄道大津線「上栄町」(かみさかえまち)という駅です。ここはあまり変わってないですね。昔はここからひたすら路面で京都までいけたのですが、地下鉄と連結するようになって風情がなくなりました。


小学校の通学路にあった昆布屋さん。まだあった。川本少年はこの文字が読めなくて、何やら恐ろしげな店だと思っていました。


長等神社という最寄り神社前の道(北国町というらしい)。この道は好きでした。


三井寺の入り口。はげしい階段です。でもなんとなく好きだったな。今で言うパワースポットだったのかも。


三井寺の近くにある「大津絵」のお店。大津絵というのは地元の民俗絵画らしいですが、けっこう不気味な絵で子供にはかなり恐いものでした。


そして家の前の通り。ローラースケートやラジコンで遊んだ記憶が甦ります。

てなことで、山が多くて日が差さない、寺が多くて人がいない町です。要するに暗い町だなと改めて思った。古い文化は残っているからなんとなく宗教家とか作家とかにはいいんだろうけど、普通に住むには辛い町だなと。

福永武彦の小説に「廃市」という切ない作品がありますが、それを思い起こさせる。でも違うのは古いものがあるくせに情緒がないこと。だからなんか今でも好きになれない。懐かしさはあるけど、それだけだな、と。

申し訳ないけど、戻る気持ちはこれっぽっちもなかった。悲しいけどそれもまた現実ですね。愛する故郷があるといいと本当に思うのだけれど。

目的を持ったバスについて

posted by on 2012.02.18, under 未分類

先日、京都の南区に所用があって行った。
東京と違って、少し中心から離れるととたんに交通手段がなくなる。

僕は車が運転できないので、市営のバスに乗ることになった。トラックばかりの往来のある交差点を渡ったところにバス停はあった。
時刻表を見ると1時間に1本。たまたまタイミングよく乗ることができた。一番後ろの席の窓際に座った。

最寄りの駅までほんの数分だと思っていたが、そのバスはその町に点在する要所を巡るらしく、結局駅まで30分くらいを要した。
僕が乗ったときは僕ひとりだったけど、だんだんと人が増えてゆく。終点近くで立っている人もいて、路線としては成功しているように見えた。

なんだろう。それは希望でも絶望でもないバスだった。誰もが「だってバスじゃないか」という類いの。

でも僕はとてもかなしい気持ちになった。そのバスは目的地にはたどり着けるだろうけれど、乗っている人の本当の目的にたどり着くのだろうか?

たどり着くバス、ということについてしばし考えた。あるとすればそれはとても素敵なバスじゃないかと思う。

「このバスはあなたの目的地ではなく、目的に着きます。運賃は220円です」

そんなことを考えていたら終点で、車内は僕一人だった。

From Andrey Tarkovsky’s film ‘Nostalgia’

posted by on 2012.02.12, under 未分類

子供のころ、ぼくは病気になった
飢えと恐怖で
唇の皮を剥いてひと舐めすると
ひんやりと塩っぱい味がした
ぼくはずっと歩いていく、ずっと、ずっと歩いていく

表階段に腰をおろして暖まる
ひとり浮かされたように歩いていく、まるで
鼠捕り人の笛の音につられて川に入っていくよう
階段に座って――暖まる

なんだか寒気がする
母が立って、手招きしている
すぐそこにいるようにみえて 近づけない
そばまで行けそうだ――ほんの7歩のところに立って
手招きしている、ぼくは近づいていく――
母は立っている
7歩のところに、手招きしている

暑い
ぼくは襟を開いて、横になった――
その時ラッパが鳴りだした
日の光が瞼にさし、馬たちが駆けていった
母は舗道の上を飛んでいく
手招きして――
そして飛んでいってしまった……

今ぼくは夢に見る
林檎の木の下の白い病院
喉に巻かれた白いタオル
白衣の医者がぼくを見つめる

白衣の看護婦が(ベッドの)足元に立って
翼をふるわせている
みんなそのままだった
母がやってきて、手招きした――
そして飛んでいってしまった……

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